中国の進歩は僕らの味方

temita.jp

本来日本がそうなるはずだった未来を、中国に先取りされているような気がする。

技術の面で見ている人は、中国が日本を圧倒しつつあるのに切実な危機感を持っているだろう

さて例えば、トヨタが今までの2倍燃費のいい車を開発したとしよう。僕らがトヨタの社員じゃなくても、僕らはそれを歓迎するだろう。僕らはその車を買うことで豊かになれるからだ。

 また例えば、武田薬品が飲むだけで癌が治る薬を開発したとしよう。僕らが武田薬品の社員じゃなくても、僕らはそれを歓迎するだろう。僕らはその薬を買うことで豊かになれるからだ。

 国境とかいう人間が適当に引いた線を一本挟んだところで話は変わらない。中国企業の技術が進歩すれば、僕らはその成果物を買うことで豊かになれる。外国の進歩は僕らの味方だ。経済に国境はなく、国の経済に勝ち負けはなく、危機感を持つ必要も、恐れることもない。*1 *2

*1:もちろん各企業は競争しており、富士通がファーウェイを恐れるのはわかる。でもそれは富士通が日立や三菱電機と競争しているのと同じことで、国境は関係ない。

*2:中国の経済拡大を日本が恐れなければならないとすれば、それが軍事的脅威に繋がるからだろう。恐れるべきは政治だ。政治が僕らの経済の、豊かさの邪魔をする。

Amazonが狂っているように見えるのは会計基準が追いついていないだけ

anond.hatelabo.jp

上の匿名ダイアリーはAmazonの会計上の特徴として次の点を指摘する。

  1. Amazonは利益を出していない
  2. Amazonが利益を出していないのは莫大な投資をしているから

 そしてこの匿名ダイアリーは、その理由をAmazonの実体的な経営方針に求めている。Amazonは従来の企業と異なり、自らの利益を無視してひたすら投資を拡大する。それは民間企業よりも公共事業に類似するのだ、と。

 Amazonの会計上の特徴については、僕はこの匿名ダイアリーに概ね同意する。でも、その解釈は誤っている。僕の見解は次の通り。

  1. Amazonの会計上の特徴は実体的な経営ではなく、会計基準の不備によって生じている。
  2. 会計基準の不備を修正して考えた場合、Amazonは利益を追求している。
  3. それゆえAmazonを公共事業的と評するのは誤っている。Amazonは現行の会計基準上の利益ではなく、企業価値最大化のための経営をしているだけ。

 以下説明する。

 Amazonの利益が出ていないのは会計基準の不備

 会計を知っている人なら、「投資をしているから利益が出ない」という説明を不自然だとを感じるはずだ。というのは通常の設備投資なら、費用ではなく資産となるので、利益に直ちにインパクトを生じることがないからだ。

 資産計上された設備投資は、そののち数年から数十年かけて、その投資が生み出す収益に対応して徐々に費用となる。減価償却というやつだ。収益に対応して費用が計上されるから、投資が成功している限り利益になる。設備投資が利益を減らすのは投資が失敗した場合だけだ。*1

 ところが将来の収益に対応するにもかかわらず、会計基準の取り決めによって資産計上されることなく、即時費用化することが義務付けられている項目がある。研究開発費だ。Amazonは世界でもトップクラスに莫大な研究開発費を支出している。*2

2016

Rank

Company

R&D

Spend ($Bn)*

1

Volkswagen

13.2

2

Samsung

12.7

3

Amazon

12.5

4

Alphabet

12.3

5

Intel Co

12.1

6

Microsoft

12

7

Roche

10

8

Novartis

9.5

9

Johnson & Johnson

9

10

Toyota

8.8

 研究開発費は、支出時点で直ちに収益を生むものじゃない。それは技術、知識などの向上を通して将来の収益獲得に貢献する。だから研究開発費の支出は投資と考え、資産計上するのが理論的だ。でも、IFRSでは一部そうなっているけど、米国基準と日本基準ではそうなっていない。

 このために、Amazonのように莫大な研究開発費を支出する企業では、会計利益が激しく歪んだ情報になってしまう。研究開発費は将来の収益に対応する以上、設備投資同様に資産化し、減価償却すべきなのに、現行の会計基準では即時費用化しか認められない。ここでは費用収益対応の原則が壊れている。

これが会計基準の不備を修正したAmazon本来の利益だ 

f:id:u-account:20170731022237p:plain

  青線はAmazonの財務諸表に計上されている会計基準通りの営業利益だ。直近2期を除けば、横ばいか、低迷していると見える。

 一方、緑の線は研究開発費が資産計上されたと考え、修正計算した営業利益だ。*3修正を加味した場合、利益は一貫して成長している。

Amazonに狂気はない

 Amazonは本来、すでに十分な利益を計上しているべき企業だ。大して利益が生まれないのはAmazonの経営者が狂気じみた経営思想を持っているからではなく、単に研究開発費を即時費用化するという会計基準の都合に過ぎない。

 伝統的な製造業が設備投資に莫大な資金を投下するのと同様に、Amazonは知識や技能という無形の資産のために莫大な資金を投下している。それは将来キャッシュインフローの増加をもたらすだろう。企業価値を増加させるため、経営者として取るべき行動を取っているということだ。

 だから、Amazonの行動を公共投資に見立てるのは誤っている。Amazonは普通に民間企業としてやるべきことをしているのであり、その狂気は研究開発の資産性を軽視する会計基準の不備が見せた錯覚にすぎない。

*1:細かい話をすれば、減価償却パターンの見積もりを誤った場合もありうる。

*2:2016: Top 20 R&D Spenders

*3:営業費用に計上されていた研究開発費が全額資産計上され、その年から10年にわたって償却されたと仮定。1999年以前は2000年時点の規模の研究開発費を毎年計上していたと仮定。

政策融資はなぜ補助金を意味するのか

www.rieti.go.jp

天然ガス火力と異なり、設備費の比率が大きい石炭火力は、低金利融資がなければ成り立ちません。これまでは、電力事業者が将来を見越して石炭火力の新技術を導入できましたが、自由化された市場メカニズムでは不可能です。つまり政策でカバーするしかないのです。

 上の記事の主張はこうだ。石炭火力の輸出は有望な産業だが、事業者が自ら資金調達した場合、借入金利が高く、必ずしも利益が出ない。そこで石炭火力輸出のための資金を、政府が事業者に低金利で融資すべきだ……。*1

 でもこんな話はおかしい。民間の銀行や投資家が低金利で資金を貸し出せば採算が取れないのに、民間が政府に税金を払って、その税金を貸し出すというプロセスを間に挟んだだけで、突然採算が取れるようになるはずもない。

 カラクリはこうだ。民間なら高い金利を要求するところ、政府は民間から税金を集めて、それを勝手に低い金利で貸し出す。その金利差は、民間が自ら資金を貸し付けていれば得られたはずの逸失利益を意味している。

 つまり政府が低金利で融資を実施するときには、事業者が得をする裏で納税者が損失を被る。政府が低利で融資してくれれば利益が出る、という意見は、補助金が貰えれば利益が出ると言っているに等しく、無意味で有害だ。

 冒頭の記事の執筆者は発電所を建設する重工業の現場でキャリアを積み、その後は産官連携のような分野で活躍している人物のようだ。低金利で融資を受けることができれば重工業が助かる、というのは現場を見てきた人間の素直な感想なのだろう。その企業、その産業だけの利益を考える限り、低金利の融資は得になる。しかし政策は全体を見なければいけない。その背後にある納税者の負担が無視されてはいけない。

*1:JBICを使ったスキームを想定しているようだが、政府が100%出資する政策金融機関なので政府自身が融資するのと同じだ。

安価な外国製品の輸入はなぜ日本の生産性向上と同じことなのか

牛丼チェーンに打撃=米国産の関税引き上げ (時事通信) - Yahoo!ニュース

牛肉セーフガード発動に米政府が強い懸念表明 | NHKニュース

www3.nhk.or.jp

緊急輸入制限(セーフガード)とはある商品の輸入量が増加した場合に、その商品の関税を一時的に引き上げる政策だ。この政策を支持する人々は、安い外国製品が日本経済を破壊することを防ぐのだ、という。

 ちょっと僕の寓話に付き合ってもらいたい。主人公は日本国内の酪農家だ。彼は品種改良によって、今までの半分の時間と手間、半分の餌で育つ牛を発明した! 彼が実現した夢の発明によって、牛の生産性は2倍になったことになる。

 この発明のおかげで、日本の人々は牛肉を今までの半分の価格で買えるようになった。人々はお腹いっぱい牛肉が食べられるようになったし、あるいは余ったお金を他のことに使うこともできるようになった。牛を品種改良した酪農家を、人々は国民的英雄として讃えた。

 ところがあるとき、真実が明らかになってしまう。酪農家は品種改良などしていなかった。彼は単に外国から、牛肉を日本国内の半分の価格で輸入していただけだった! それを品種改良だと偽って、国内の市場に流していたのだ。

 さて、考えて欲しい。彼はこのことによって、国民的英雄から、外国製品を国内に引き入れた売国者になってしまうだろうか? でも、彼の「品種改良」によって、日本の人々が豊かな生活を享受していたのは事実じゃないだろうか? 彼に「品種改良」をやめさせることが、どうして日本の人々を豊かにできるだろうか? 嘘をついていたことの他に、いったい彼に何の落ち度があるだろうか?

Amazonが77%減益でも成長できるのはどうしてか

www.itmedia.co.jp

……純利益は77%減の1億9700万ドル(1株当たり40セント)と大きく減少した。新技術やコンテンツ開発のための投資やマーケティングコストの増加が響いた。

Amazonの2017Q2(4-6)決算は営業利益で前年同期比51%減、純利益で77%減だった。これはAmazonの成長を損なう結果なのだろうか?

 僕らはAmazonが巨額の研究開発をおこなっていることに注意する必要がある。Q2における営業費用のうち、研究開発費*1は55億ドル。営業収益の14.6%に相当する。次のランキング*2は僕らにAmazonの研究開発費の凄まじさを教えてくれる。

2016

Rank

Company

R&D

Spend ($Bn)*

1

Volkswagen

13.2

2

Samsung

12.7

3

Amazon

12.5

4

Alphabet

12.3

5

Intel Co

12.1

6

Microsoft

12

7

Roche

10

8

Novartis

9.5

9

Johnson & Johnson

9

10

Toyota

8.8

  さてここに営業利益が等しい2つの企業がある。一方の営業費用は巨額の研究開発費を含んでいて、もう一方の営業費用はすべて販管費だ。他の条件がイーブンなら、果たしてどちらの企業の価値がより高いだろうか? このとき利益は企業の収益性を適切に反映しているだろうか?

 問題は会計基準上、研究開発支出が即時費用化されてしまうことにある。*3研究開発は企業の将来の収益拡大をもたらす無形資産への投資だと考えることができる。だからこそ企業は当期の収益に直結しない研究開発費を支出するのだ。

 けれど、工場建設などの有形の投資が当然に資産計上されるのに対し、無形投資が資産計上できる場面は極めて限定されている。*4企業活動における研究開発の重要性はますます高まっているというのに!

 無形投資の軽視によって、会計利益情報の有用性は著しく損なわれてきた。*5仮に研究開発費を全額資産計上していた場合、Amazonの2017Q2決算は営業利益で19.5%、純利益で21%の増益となる。*6

 ある支出が資産なのか一時の費用なのかは本来的にはそれが将来の収益獲得に結びつくかに懸かっていて、会計基準の取り決めとは関係がない。*7企業の価値を評価するには費用化されたもののなかに資産計上すべきものがないか、また逆に資産計上されたもののなかに費用処理すべきものがないかを投資家が判断していく必要がある。

*1:Technology and content

*2:2016: Top 20 R&D Spenders

*3:米国会計基準、日本基準ともに研究開発費は即時費用化が義務付けられている。IFRSは例外で、一部の開発費が資産化される。

*4:その主な論拠は無形投資の収益性は確実視できないからというものだが、有形の投資だってそれは同じはずだ。

*5:LEV&GU"The End of Accounting"は会計利益の株価説明力が低下してきた理由として無形投資の拡大を指摘している。

*6:ただしこれは過去に無形資産に計上されていたこととなる研究開発の償却費を無視した簡便的な計算だ。

*7:今回の減益を受けてAmazonの株価は下落したが、上で議論したことを考えればやや過剰反応ではないかと僕には思われる。

見えるものと見えぬもの

www.youtube.com

機会費用は経済学における最重要概念の候補だろう。バスティアという経済学者*1は、見えるものだけでなく見えぬものを見なければならない、という箴言機会費用を表現した。

 僕の先日の記事も「割れた窓ガラス」というバスティアの寓話を意識して書いたものだ。上でリンクを貼った動画はこの寓話について簡潔に説明している。

 

以下動画の翻訳(50秒あたりから)

 

自然災害や、戦争や、テロは経済にとってよいことだと、誰かが言うのを聞いたことがないか? 第二次世界大戦によって合衆国は大恐慌から救われたのだと、誰かが言うのを聞いたことがないか?

 この種の考えを聞いたなら、あなたはフレデリックバスティア(1801-1850)によく耳を傾ける必要がある。彼は割れた窓ガラスというよく知られたストーリーで、なぜ破壊が豊かさを生まないのかを説明した。

 ストーリーは次のようなものだ。あなたの町で、小さな子供が近所のパン屋の窓ガラスを割ってしまったのを想像してほしい。普通の両親は、ばかなことをしやがって、と子供を叱りつける。

 しかし、こんにち、結構な数の人々が賛成しているとみえる経済上の見解では、この子供はヒーローとして賞賛される。どうしてか? その子はガラス職人の仕事を作り出すことで町の経済を刺激したからだ。

 このような見解は見えないものに注意を払っていない、とバスティアは批判した。もし窓ガラスが壊されなければ、パン屋は窓ガラスを直す代わりに、例えばスーツを買うためにお金を使っただろう。

 それはスーツの仕立て屋の仕事を作り出し、町はより豊かになったはずだ。なぜなら窓ガラスは壊れていないし、そのうえ新しいスーツが作り出されるからだ。窓ガラスが壊れた場合には、ただ窓ガラスが元通りになるだけだ。作られていたはずのスーツは失われてしまう。

 そのため、窓ガラスを割ることは町を豊かにせず、貧しくする。だから、地震やテロが起きてラッキーだとか、第二次世界大戦大恐慌を終わらせたとか誰かが言うのを聞いたら、バスティアの割れた窓ガラスの話を思い出して欲しい。

*1:当時は今のような経済学はなかったので、政治思想家とされることも多い。

破壊と経済 割れたスマホ画面について

headlines.yahoo.co.jp

画面が割れたことによるスマホ価格の下落を経済損失とする上の記事に対して、そのコメント欄で、スマホの修理に対する需要が創出されるのだから経済効果はプラスなのではないか、との意見があった。

 もし後者の意見が正しいなら、僕らはスマホを壊せば壊すほど豊かになれる。スマホを壊した僕らは、修理屋に1万円を払って直してもらう。それはスマホの修理屋に1万円分のプラスの経済効果をもたらしたのだ……。

 でもその1万円は、スマホを壊さなければ別のことに使えた1万円だ。その1万円で新しい服が買えたかもしれないし、旅行に行けたかもしれないし、将来のために貯金することもできた。僕らはスマホを壊してしまうことで、その1万円で一番やりたかったことを我慢して、修理のためにお金を使わざるをえなくなった。

 スマホを壊したことで僕らが手に入れたものは、スマホ画面のひびとその修理サービスだ。スマホを壊したことで失ったものは、修理サービスの代わりに僕らが本当に手に入れたかったものだ。前者の価値が後者の価値より高いことは考えられない。

 経済効果を考えるときは、お金が使われた先だけじゃなく、使われなかった先をも考えなければいけない。戦争や災害が経済を良くするという俗説も同じ誤りを犯している。戦争が雇用を創出するというけど、もし戦争がなければ、僕らは兵隊を養うお金で、もっと欲しかった別のものを買うことができた。

 経済が豊かになるというのは、僕らが僕らのために、より欲しいと思う財やサービスを手にできることだ。スマホの画面が壊れれば僕らの社会から財は減る。戦争や災害ならなおさらだ。破壊が僕らの経済社会を豊かにすることは決してない。