機会費用は経済学における最重要概念の候補だろう。バスティアという経済学者*1は、見えるものだけでなく見えぬものを見なければならない、という箴言で機会費用を表現した。
僕の先日の記事も「割れた窓ガラス」というバスティアの寓話を意識して書いたものだ。上でリンクを貼った動画はこの寓話について簡潔に説明している。
以下動画の翻訳(50秒あたりから)
自然災害や、戦争や、テロは経済にとってよいことだと、誰かが言うのを聞いたことがないか? 第二次世界大戦によって合衆国は大恐慌から救われたのだと、誰かが言うのを聞いたことがないか?
この種の考えを聞いたなら、あなたはフレデリック・バスティア(1801-1850)によく耳を傾ける必要がある。彼は割れた窓ガラスというよく知られたストーリーで、なぜ破壊が豊かさを生まないのかを説明した。
ストーリーは次のようなものだ。あなたの町で、小さな子供が近所のパン屋の窓ガラスを割ってしまったのを想像してほしい。普通の両親は、ばかなことをしやがって、と子供を叱りつける。
しかし、こんにち、結構な数の人々が賛成しているとみえる経済上の見解では、この子供はヒーローとして賞賛される。どうしてか? その子はガラス職人の仕事を作り出すことで町の経済を刺激したからだ。
このような見解は見えないものに注意を払っていない、とバスティアは批判した。もし窓ガラスが壊されなければ、パン屋は窓ガラスを直す代わりに、例えばスーツを買うためにお金を使っただろう。
それはスーツの仕立て屋の仕事を作り出し、町はより豊かになったはずだ。なぜなら窓ガラスは壊れていないし、そのうえ新しいスーツが作り出されるからだ。窓ガラスが壊れた場合には、ただ窓ガラスが元通りになるだけだ。作られていたはずのスーツは失われてしまう。
そのため、窓ガラスを割ることは町を豊かにせず、貧しくする。だから、地震やテロが起きてラッキーだとか、第二次世界大戦が大恐慌を終わらせたとか誰かが言うのを聞いたら、バスティアの割れた窓ガラスの話を思い出して欲しい。
*1:当時は今のような経済学はなかったので、政治思想家とされることも多い。