岸田首相は、ロンドン・シティの投資家を前に「安心して日本に投資してほしい。Invest In Kishida(岸田に投資を)です」と述べたうえで、日本の経済成長戦略の1つとして「貯蓄から投資へのシフト」を挙げた。
この中で、国内の個人金融資産2,000兆円のうち、半分以上が預金や現金で保有されていることから、国民の預貯金を資産運用に誘導する新たな仕組みをつくるなどして「資産所得倍増プラン」を進めると表明した。
「貯蓄」「投資」という言葉は多義的に使われがちであるが、ここでは家計が預貯金を取り崩し、株式などの金融商品を購入することを「貯蓄から投資へ」と表現しているようだ。
このような「貯蓄から投資へ」の主張はしばしば見かけるものであるが、一体どのような意味があるのか、率直に言って謎である。岸田総理の頭の中は分からないものの、もし眠っている現金を新たに活用する……というイメージで考えているなら、それは単に誤っている。というのは、家計が大挙して預貯金を株式投資に振り向けたとしても、それは間接金融から直接金融へのシフトを意味するに過ぎないからである。
これはマクロ的な家計を豊かにするものではない。生産を行う企業部門にとっては資本構成が変わるだけであり、その規模にも生産性にも影響しないからである*1。ただ家計部門の中での所得の分配が変わるにすぎない。そして今の家計の多くが株式を持たないのは単に家計の選好の反映であるから(別に脅されて銀行に預けっぱなしにしているわけではない)、それを政策によって曲げようというのも余計なお世話というほかない。
*1:いや、ひょっとすると日本企業の低生産性はメガバンクによる企業の系列化構造が未だに温存されていることが原因であり、それを打破するために直接金融へのシフトが必要なのだ……というようなフカい理由があるのかもしれない。もっとも、もし万一そうであればもっとマシな政策手段があろうと思うが。