市場ないし資本主義経済は短期的な利益しか追求しない、としばしば言われる。そしてまたしばしば、だから基礎研究やインフラ、都市開発といった長期の投資は政府が実施すべきだ……と続く。*1
このような偏見を人々がどこで身につけているのか、僕には不思議で仕方がない。身の回りの企業活動を思い浮かべてほしい。タンカーや高炉は20年以上も稼働し続けるし、生命保険や個人年金は人間の一生涯を視野に入れて運営されている。
インフラだって、戦前の電力は1880年代から1930年代の長きにわたって自由競争によって供給されていた。*2そのへんのマンションやビルにしても、投資の回収に30年以上要するものが珍しくないだろう。
どうして長期の投資が可能になるのだろうか? 仮に僕の余命が10年であるとして、財産を相続すべき身内もいないとして、30年掛かりで投資を回収する事業を興すことには意味がないと思われるかもしれない。
だがそうではないのだ。事業の価値とは、その事業が将来にわたって稼ぎ出す超過利益の現在価値に他ならない。*3僕はただ自分の事業が、超過利益を今後も生み続けることを投資家たちに信じさせればいい。僕は事業を市場で売却することで、その事業が将来生み出す超過利益を、売却時点でただちに手にできる。
もし僕が短期的な利益の上昇を目論むなら、僕は設備の修繕や更新を怠るかもしれない。けれどその行為は将来の超過利益を減らし、事業の売却価値をただちに減らす。市場で短期的に得をしたい者は、事業をより高い価値で売却するために、長期の利益をも尊重せざるをえない。*4
だから長期の投資が行われるために必要なのは、事業を売却できる可能性、つまり、資本市場だ。人々の偏見に反して、発達した資本主義こそが(数年毎に選挙で人気を取らなければならない政府とは違って)長期の投資を可能にしている。*5
*1:この記事では、市場経済に長期的な投資を可能にするメカニズムが存在するか、という点に焦点を絞る。だから他の論点、例えば基礎研究の外部性や一般道路等のインフラの非排除性については触れない。
*2:インフラ産業では自然独占が生じる(ので規制が必要である)という説は戦前の電力産業には妥当していない。なお1930年代に電力が国営化されたのは何か市場経済の害が生じたということではなく、戦争遂行に必要な産業に優先的に電力を振り向けるためである。
*3:正確を期すなら超過利益の割引現在価値と簿価純資産の和であり、これは理論上、将来キャッシュフローの割引現在価値に等しい。念のため。
*4:企業が短期利益を追求するとすれば、それは現実には、経営者の利害と株主の利害の対立という形で現れる。経営者のボーナスが任期中の利益にのみ連動するように設定されているような場合である。これは技術的なインセンティブ設定の問題で、単純には、ボーナスを株価にも連動させることで回避できる。
*5:株式を購入した際に企業に資金が振り込まれるのは新株の場合だけだから、既発の株式のトレードは経済にとって有益でない、という見解を見かけることがあるが、この見解ははっきりと誤っている。既発の株式を随時に売却できる可能性がなければ、新株の引き受け自体が減少してしまうはずだからだ。