歪みを正すために別の箇所をさらに捻じ曲げるようなもの:法による同一労働同一賃金の強制について

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ふつうは時給1500円貰えるような仕事をしているのに、どういうわけだか時給1000円で働かされている人々がいる。彼らは時給あたり500円分“搾取”されているというわけだ。

 ここで利益に貪欲な企業は、“搾取”されている人々を他企業から、たとえば時給1200円を掲げて攫ってくるだろう。時給1500円の働きをする人々が時給1000円で使われているなんて、そんなオイシイ話を目聡い企業は逃さない。

 こういう貪欲な企業が競い合って、彼らの時給は1500円にどこまでも近づいていく。彼らが不当に安く使われている限り、企業は安い労働力を求めてより高い時給を提示しつづけるから、結局どの企業も“搾取”できなくなってしまう。

 こういうわけで、自由な市場経済では同一労働同一賃金は自然に達成される。それが達成されないのなら、何かが市場の仕組みに歪みを作り出しているということになる。

 同一労働同一賃金を立法や司法で強制するのは、歪みを正すために別の箇所をさらに捻じ曲げるようなものだ。大体あらゆる仕事には、あらゆる労働力には、個性がある。それが同一かどうかなんて、裁判所に決められることじゃない。

 正社員と非正社員のあいだに賃金の歪みがあるなら、そのような身分を生み出している社会保険制度や労働法制にこそ僕らは手を付けなきゃいけない。それらの改革が済んだとき、労働にふさわしい賃金は自然と支払われることになる。

外国人株主の増加は国富の流出を意味するか?

 コラム:国外へ流出する日本企業の「富」=村田雅志氏 | ロイター

日本の個人投資家は、今年4―6月期に2.0兆円の日本株(現物)を売り越しているのに対し、外国人投資家は1.7兆円ほど買い越している。これは、日本企業が純資産を積み上げるなか、日本の個人投資家は日本企業の所有権(オーナーシップ)を手放し、外国人投資家が所有権を増やしていることに他ならず、増加する日本企業の純資産(富)が、国外に流出する事態につながりかねない。

 タイトルに対する答えだけど、もちろんノーだ。

 なぜかっていうと、日本人投資家が日本企業の株式を外国人投資家に売却するとき、まったく当然だけど、その対価を受け取っているから。1000円の株を売って1000円のキャッシュを受け取る。それは損じゃない。

 その対価をキャッシュのまま持つのか、債権を持つのか、あるいは不動産を買うのかは知らないけど、株式が他の資産に置き換わっただけで、売り主が何か損をしているわけじゃなく、何か国富と呼ぶべきものの流出もない。

 でも企業の純資産が増えているのに、それを国外に手放しちゃうのはやっぱり国富の流出なんじゃないか? いや、ノーだ。企業の業績がいいなんてことはみんな分かっているんだから、売る方の投資家だってそれ込みの値段で売っている。

 もちろん売ったあとで、思った以上に株が値上がりしたり、値下がりしたりすることはある。やっぱり売るんじゃなかったとか、もっと売っておけばよかったとか思うことはあるに決まっている。

 けどそれは後知恵で、売買の時点では、売り手も買い手も今がベストタイミングだと思ったから取引したわけだ。それはどこの国の投資家も一緒で、日本人だけ一方的に損するとか、外国人だけ一方的に得するような仕組みはない。

 冒頭の記事は政府関係機関による日本株の買い増しを推奨している。日本人投資家が日本株を売っている、日本企業の純資産は増えているのに、だから政府が国富の流出を阻止するんだ!

 こんな話が成り立たないことはもうお分かりだと思う。投資家はいつだって自分の信じるベストタイミングで売買し、きっちり対価を受け取っている。流出する国富がないのだから、それを阻止するなんて大義名分が成り立ちはしない。

なぜ行政がAmazonから小売店の雇用を守ってはいけないのか

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トランプ米大統領は16日、ツイッターで、米アマゾン・ドット・コム(AMZN.O)が「税金を支払っている小売店に大きな被害をもたらしている」とし、「米国の町、市、州に影響を及ぼし、多くの仕事を失わせている」と非難した。

ある大工は毎日、1人で椅子を3脚作っている。ところがある朝、彼は電動のこぎりが壊れているのに気がついた。この日彼は息子にお金を払って、1日手動ののこぎりを挽かせた。

 電動のこぎりが壊れたおかげで雇用が1つ増えたわけだけど、この経済はちっとも豊かになっていない。だって出来上がる椅子は3脚から増えていないから。むしろ電動のこぎりが壊れなければ、息子は別のバイトをしていたか、あるいは単に余暇をエンジョイできたはずだった。

 何が言いたいかというと、雇用が増えるように見えても、僕らの経済が貧しくなる場合があるということだ。従来のビジネスの雇用を守るために新規ビジネスを行政が排除するような場合はいつだってこれにあたる。

 というのは、もし従来のビジネスを守ることが雇用を守ることになるのなら、それはつまり、貴重な労働力をそれだけ新規ビジネスに比べて非効率に使っていたということだからだ。

 まさにそれゆえにこそ従来のビジネスは駆逐されようとしているわけで、それを防ごうというのは虚しい試みだ。雇用を増やすために電動のこぎりを壊して回っても、僕らは豊かになれはしない。*1

*1:上に引用した記事では税金の問題にも触れている。Amazonが他の小売店に比べて不当に安い税金しか払っていないのならたしかに問題だ。それは税制の問題だから、トランプ大統領自身が頑張ればいいのではないか。

マーケットは従業員を差別する企業からどのように罰金を徴収するのか

japan.cnet.com

Googleの対応の是非はセンシティブな問題だ。まず何をもって差別と考えるのか、ということがある。とはいえ企業内で起こったことなのだし、仕事と関係のないことで待遇を変えるのが差別だ、と考えるのが素直じゃないだろうか。

 この点だけ同意してもらえるなら、あとの議論は難しくない。結論を先に示そう。僕らの社会は、従業員の発言は自由にさせておけばいいし、企業がその従業員を解雇するのも自由にさせておけばいい。*1なぜか?

 Googleが従業員を解雇したことが仕事と無関係じゃなかったとする。たとえばその従業員の発言がチームの和を乱したり、こんな同僚とは働けないという他の従業員がライバル企業に移るおそれがあったりするかもしれない。

 そうなら、この従業員を解雇することはGoogleの業績を下げないか、むしろ改善するはずだ。この場合、この従業員を解雇することは差別的でないし、Google自身も損をしない。

 一方、Googleが従業員を解雇したことが仕事と無関係だったとする。従業員の発言が単に経営者のカンに触っただけで、Googleの企業としてのパフォーマンスになんら影響しないような場合だ。

 この場合Googleは、仕事と無関係な理由で(おそらくは)優秀な従業員を失い、自社の業績を下げてしまう。おまけに目聡いライバル企業が、その優秀な従業員を雇い入れるだろう。

 つまり仕事と関係のない理由で従業員を選ぶ企業は、それだけ従業員を雇う機会を失うので、そうでない企業に対して不利な条件で競争することになる。これによる逸失利益が差別的な企業への、いわば罰金になる。

 だから企業が利益を追及する限り、企業内の差別は解消するほうに向かう。しかも、仕事と無関係かどうかはマーケットが判断してくれるので恣意性もない。自由なマーケットでは、自らの利益を損なうことなしに誰かを差別することはできない。*2

*1:もちろん企業と従業員のあいだで事前の取り決めがあれば、双方それに従うべきだ。

*2:労働市場の流動性が失われているような場合には差別が存続するおそれはある。「目聡いライバル企業」に移動できないからだ。

日本のGDPシェア低下はやっぱり人口減少のせい

世界のGDPに占めるある国のシェアは、世界全体のGDPをW、ある国のGDPをYとして、

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ただしコブダグラス型生産関数を仮定している。*1 *2その変化率は、

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 最後の項はすべての国にとって共通なので、各国を比較する際には無視でき、結局ふつうの成長会計の問題になる。*3

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 主要各国について比較するとこの通り。*4 *5多くの発展途上国はグラフに含まれていないけど、発展途上国の成長率は比較的高くて当たり前なので気にしなくていい*6

 さてグラフに含まれる各国の中では、労働投入の寄与は日本が最も小さい。というより、むしろマイナス方向に大きく寄与している。日本の労働力人口は1998年をピークにすでに減少に転じている。人口減少だけが原因とは言わないけど、*7それが日本のGDPシェア低下にとって大きな要因なのは疑いない。*8

*1:この仮定は広く使われているもので、Aが全要素生産性、Kが資本投入、Lが労働投入。アルファはパラメーター。

*2:民主党の枝野氏は人口減少を需要要因と見ているようだけど、長期の人口動態は生産側から分析されるべきだ。

*3:そもそもGDPのシェアが伸びるというのはGDP成長率が他国より高いということだ。

*4:出典はOECD Compendium of Productivity Indicators 2016

*5:グラフは上の式とやや異なるが、資本投入をICT capitalと Non-ICT capitalにさらに分解しているだけである。

*6:ふつう美味しい投資機会から順に利用されるし、先進国が経験した技術進歩を後追いすればいいからだ。

*7:このグラフからは分からないが、労働力の稼働率が寄与している可能性はある。

*8:もっともGDPシェアの低下がそれほど悲観すべきことかはまた別の話。

東芝で学ぶ内部統制監査「不適正」の意味

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上場企業が作成した内部統制報告書に監査法人の不適正意見がつくのは「きわめてまれなケース」(金融庁幹部)だ。過去5年で不適正意見がついた例はない。

 実のところ内部統制の不備はままあることで、それほど珍しくない。けれど内部統制監査で不適正意見が出るのは稀だ。日本の内部統制監査制度では内部統制に不備があっても、それで監査人の不適正意見が出るわけじゃない。

 一般に監査というのは監査すべき対象があって、それに対して監査人が意見を表明する。内部統制監査の場合には、まず会社が「内部統制報告書」で内部統制が有効かどうかを自ら報告する。監査人はその報告書を監査対象として、「内部統制監査報告書」で監査意見を述べる。

 だから内部統制に開示すべき重要な不備があったとしても、我が社の内部統制は有効じゃありませんと会社が正しく報告すれば、監査人は適正意見を表明する。監査意見の対象は内部統制自体じゃなく会社の報告で、その報告自体は正しいからだ。

 つまり内部統制監査で不適正意見が出るのはただ、内部統制が有効だと会社が報告し、そのうえ、事実は報告に反し不備があると監査人が考える場合だけとなる。内部統制監査における不適正意見は会社と監査人の意見の食い違いを示している。

 今回東芝は、原発投資の失敗による巨額損失は当期になるまで認識できなかったと主張する。一方監査人は、前期に認識すべきだったと意見している。このこと自体は内部統制監査じゃなく財務諸表監査の除外事項*1となる。

 損失の発生自体は東芝も認めているわけで、その認識時期が東芝の現在の財務状態にダイレクトに影響するわけじゃない。だから財務諸表監査の意見が「限定付」だったとしても終わった問題で、今後への影響はないと東芝が強調するのには一理ある。

 問題はむしろ、分かっていたはずの損失を先送りする東芝の体質にある。内部統制の不備とはつまるところこの体質のことだ。監査人が見るところでは東芝の内部統制には巨額損失を隠蔽するような不備があり、しかも東芝はその存在を認めていない。

 内部統制監査の不適正意見とはそういう意味だ。監査人側の指摘が正しいとすれば、東芝が内部統制を改善するのは難しいかもしれない。だって、改善すべき不備は存在しないことになっているのだから。 *2

*1:適正と認められない事項。

*2:不備はWECの見積りプロセスの問題だと東芝は言っていて、そうであれば翌期WECが連結除外となるため、形式的には不備は消滅する。連結されない会社は内部統制監査の対象外だからだ。でもそれで経営者の隠蔽体質が変わるわけじゃない。

なぜ納税者は政府の連帯保証人なのか

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 同社はみずほ銀行、三井住友銀行、三井住友信託銀行の主力3行から1070億円の融資枠を確保した。同融資枠には筆頭株主である産業革新機構の連帯保証が付く。

 あなたが勝手に誰かの連帯保証人にされたら、とんでもない話だろう。いや、このビジネスは儲かるから、もうあなたを株主にしたから。出資額はあなたの口座から引き落としておいたよ、などといわれたら、いっそうとんでもない。

 政府がやっているのも同じことなのだけど、連中は途方もない金額を動かし、あまりに壮大な法螺話をぶち上げるので、真相の全体が見えにくくなってしまう。

 日本のものづくりのためにリスクを取るのが政府の責任だとか抜かしながら連中やその外郭団体はどこぞの連帯保証人になる。でも政府のお金は結局のところ納税者から出るしかなく、責任を負うのは政府ではなく常に納税者だ。

 政府が融資目的で国債を発行するのも同じ話で、政府を通して資金調達することで企業に低金利の資金を供給できるのですよ、などと連中は言う。でも国債の金利が低いのはなぜかといえば、それが最終的には徴税によって償還可能だからだ。

 政府が誰かの連帯保証人になれたり、低利で融資できたりするのは、その全てを納税者が保証しているからだ。政府が民間よりも大きなリスクをとれるのは、僕ら納税者に転嫁されるリスクから連中が目を背けているからにすぎない。