特定の投資を税制上優遇することが生産性を下げるのはなぜか

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政府は22日、安倍政権の新たな看板政策「人づくり革命」を進めるため、人材投資を行った企業に対し法人税を減税する制度を設ける方向で検討に入った。企業の生産性向上を税制面から後押しするのが狙い。

投資Aと投資Bがある。今回の文脈では投資Aは普通の設備投資、投資Bは人材投資と考えてもらえばいい。いずれの投資金額も5億円で、見込まれる収益は投資Aなら8億円、投資Bなら7.8億円としよう。

 銀行に出せる担保の制約から、この企業はどちらかの投資しか実行できない。とすれば当然投資Aが実行されるべきだけど、投資Bの場合だけ0.3億円の減税が行われるとしたら、企業は投資Bを実行する。

 この減税によって企業の利益は3億円から3.1億円に増える。でもそれは政府から企業に0.3億円の所得移転が行われたからで、世の中全体で見れば生み出される価値は3億円から2.8億円に減っている。

 つまり、ある種類の投資だけを税制上優遇すれば、生産性は低下する。これは必然的なことだ。その税制が喚起する投資は、優遇がなければ実施されないような生産性の低い投資だったのだから。

それでも中古車市場はうまく回っているし、労働市場もうまく回る

アカロフの中古車市場というゲーム理論のモデルがある。中古車の品質は乗ってみるまで分からないから、売買取引がうまくが成立しない。極端なケースでは、ある種の中古車が市場にまったく供給されないという結論が得られる。

 ここで話が終わっちゃいけない。なんでかっていうと、現に中古車市場は存在しているから。情報が非対称という意味ではほとんどあらゆる商品がそうなのであって、むしろ非対称なのにうまく回っている理由こそが考察の対象になる。

 情報の非対称性を解決する方法はいくつかあるけど、例えば返品可能だったら買い手は品質が分からない中古車にも手を出せる。労働市場も同じ話で、とりあえず雇い・雇われてから雇用の継続や条件を柔軟に再交渉できるなら、事前に情報を知らなかったことで不利な契約を結ぶことは回避できる。

 逆に再交渉ができないなら、経営者にとって労働者を雇うことは、返品不能の状況で中古車を買うようなものになる。一度雇ってしまうことのリスクが大きいから、経営者は正社員の採用に慎重にならざるをえない。

 つまり労働市場に情報の非対称性は存在するけど、自由な市場はそれこみでちゃんと回っていく。むしろ経営者の再交渉の機会を制限する労働規制が情報の非対称性を問題のあるものにしてしまう。

歪みを正すために別の箇所をさらに捻じ曲げるようなもの:法による同一労働同一賃金の強制について

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ふつうは時給1500円貰えるような仕事をしているのに、どういうわけだか時給1000円で働かされている人々がいる。彼らは時給あたり500円分“搾取”されているというわけだ。

 ここで利益に貪欲な企業は、“搾取”されている人々を他企業から、たとえば時給1200円を掲げて攫ってくるだろう。時給1500円の働きをする人々が時給1000円で使われているなんて、そんなオイシイ話を目聡い企業は逃さない。

 こういう貪欲な企業が競い合って、彼らの時給は1500円にどこまでも近づいていく。彼らが不当に安く使われている限り、企業は安い労働力を求めてより高い時給を提示しつづけるから、結局どの企業も“搾取”できなくなってしまう。

 こういうわけで、自由な市場経済では同一労働同一賃金は自然に達成される。それが達成されないのなら、何かが市場の仕組みに歪みを作り出しているということになる。

 同一労働同一賃金を立法や司法で強制するのは、歪みを正すために別の箇所をさらに捻じ曲げるようなものだ。大体あらゆる仕事には、あらゆる労働力には、個性がある。それが同一かどうかなんて、裁判所に決められることじゃない。

 正社員と非正社員のあいだに賃金の歪みがあるなら、そのような身分を生み出している社会保険制度や労働法制にこそ僕らは手を付けなきゃいけない。それらの改革が済んだとき、労働にふさわしい賃金は自然と支払われることになる。

外国人株主の増加は国富の流出を意味するか?

 コラム:国外へ流出する日本企業の「富」=村田雅志氏 | ロイター

日本の個人投資家は、今年4―6月期に2.0兆円の日本株(現物)を売り越しているのに対し、外国人投資家は1.7兆円ほど買い越している。これは、日本企業が純資産を積み上げるなか、日本の個人投資家は日本企業の所有権(オーナーシップ)を手放し、外国人投資家が所有権を増やしていることに他ならず、増加する日本企業の純資産(富)が、国外に流出する事態につながりかねない。

 タイトルに対する答えだけど、もちろんノーだ。

 なぜかっていうと、日本人投資家が日本企業の株式を外国人投資家に売却するとき、まったく当然だけど、その対価を受け取っているから。1000円の株を売って1000円のキャッシュを受け取る。それは損じゃない。

 その対価をキャッシュのまま持つのか、債権を持つのか、あるいは不動産を買うのかは知らないけど、株式が他の資産に置き換わっただけで、売り主が何か損をしているわけじゃなく、何か国富と呼ぶべきものの流出もない。

 でも企業の純資産が増えているのに、それを国外に手放しちゃうのはやっぱり国富の流出なんじゃないか? いや、ノーだ。企業の業績がいいなんてことはみんな分かっているんだから、売る方の投資家だってそれ込みの値段で売っている。

 もちろん売ったあとで、思った以上に株が値上がりしたり、値下がりしたりすることはある。やっぱり売るんじゃなかったとか、もっと売っておけばよかったとか思うことはあるに決まっている。

 けどそれは後知恵で、売買の時点では、売り手も買い手も今がベストタイミングだと思ったから取引したわけだ。それはどこの国の投資家も一緒で、日本人だけ一方的に損するとか、外国人だけ一方的に得するような仕組みはない。

 冒頭の記事は政府関係機関による日本株の買い増しを推奨している。日本人投資家が日本株を売っている、日本企業の純資産は増えているのに、だから政府が国富の流出を阻止するんだ!

 こんな話が成り立たないことはもうお分かりだと思う。投資家はいつだって自分の信じるベストタイミングで売買し、きっちり対価を受け取っている。流出する国富がないのだから、それを阻止するなんて大義名分が成り立ちはしない。

なぜ行政がAmazonから小売店の雇用を守ってはいけないのか

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トランプ米大統領は16日、ツイッターで、米アマゾン・ドット・コム(AMZN.O)が「税金を支払っている小売店に大きな被害をもたらしている」とし、「米国の町、市、州に影響を及ぼし、多くの仕事を失わせている」と非難した。

ある大工は毎日、1人で椅子を3脚作っている。ところがある朝、彼は電動のこぎりが壊れているのに気がついた。この日彼は息子にお金を払って、1日手動ののこぎりを挽かせた。

 電動のこぎりが壊れたおかげで雇用が1つ増えたわけだけど、この経済はちっとも豊かになっていない。だって出来上がる椅子は3脚から増えていないから。むしろ電動のこぎりが壊れなければ、息子は別のバイトをしていたか、あるいは単に余暇をエンジョイできたはずだった。

 何が言いたいかというと、雇用が増えるように見えても、僕らの経済が貧しくなる場合があるということだ。従来のビジネスの雇用を守るために新規ビジネスを行政が排除するような場合はいつだってこれにあたる。

 というのは、もし従来のビジネスを守ることが雇用を守ることになるのなら、それはつまり、貴重な労働力をそれだけ新規ビジネスに比べて非効率に使っていたということだからだ。

 まさにそれゆえにこそ従来のビジネスは駆逐されようとしているわけで、それを防ごうというのは虚しい試みだ。雇用を増やすために電動のこぎりを壊して回っても、僕らは豊かになれはしない。*1

*1:上に引用した記事では税金の問題にも触れている。Amazonが他の小売店に比べて不当に安い税金しか払っていないのならたしかに問題だ。それは税制の問題だから、トランプ大統領自身が頑張ればいいのではないか。

マーケットは従業員を差別する企業からどのように罰金を徴収するのか

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Googleの対応の是非はセンシティブな問題だ。まず何をもって差別と考えるのか、ということがある。とはいえ企業内で起こったことなのだし、仕事と関係のないことで待遇を変えるのが差別だ、と考えるのが素直じゃないだろうか。

 この点だけ同意してもらえるなら、あとの議論は難しくない。結論を先に示そう。僕らの社会は、従業員の発言は自由にさせておけばいいし、企業がその従業員を解雇するのも自由にさせておけばいい。*1なぜか?

 Googleが従業員を解雇したことが仕事と無関係じゃなかったとする。たとえばその従業員の発言がチームの和を乱したり、こんな同僚とは働けないという他の従業員がライバル企業に移るおそれがあったりするかもしれない。

 そうなら、この従業員を解雇することはGoogleの業績を下げないか、むしろ改善するはずだ。この場合、この従業員を解雇することは差別的でないし、Google自身も損をしない。

 一方、Googleが従業員を解雇したことが仕事と無関係だったとする。従業員の発言が単に経営者のカンに触っただけで、Googleの企業としてのパフォーマンスになんら影響しないような場合だ。

 この場合Googleは、仕事と無関係な理由で(おそらくは)優秀な従業員を失い、自社の業績を下げてしまう。おまけに目聡いライバル企業が、その優秀な従業員を雇い入れるだろう。

 つまり仕事と関係のない理由で従業員を選ぶ企業は、それだけ従業員を雇う機会を失うので、そうでない企業に対して不利な条件で競争することになる。これによる逸失利益が差別的な企業への、いわば罰金になる。

 だから企業が利益を追及する限り、企業内の差別は解消するほうに向かう。しかも、仕事と無関係かどうかはマーケットが判断してくれるので恣意性もない。自由なマーケットでは、自らの利益を損なうことなしに誰かを差別することはできない。*2

*1:もちろん企業と従業員のあいだで事前の取り決めがあれば、双方それに従うべきだ。

*2:労働市場の流動性が失われているような場合には差別が存続するおそれはある。「目聡いライバル企業」に移動できないからだ。

日本のGDPシェア低下はやっぱり人口減少のせい

世界のGDPに占めるある国のシェアは、世界全体のGDPをW、ある国のGDPをYとして、

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ただしコブダグラス型生産関数を仮定している。*1 *2その変化率は、

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 最後の項はすべての国にとって共通なので、各国を比較する際には無視でき、結局ふつうの成長会計の問題になる。*3

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 主要各国について比較するとこの通り。*4 *5多くの発展途上国はグラフに含まれていないけど、発展途上国の成長率は比較的高くて当たり前なので気にしなくていい*6

 さてグラフに含まれる各国の中では、労働投入の寄与は日本が最も小さい。というより、むしろマイナス方向に大きく寄与している。日本の労働力人口は1998年をピークにすでに減少に転じている。人口減少だけが原因とは言わないけど、*7それが日本のGDPシェア低下にとって大きな要因なのは疑いない。*8

*1:この仮定は広く使われているもので、Aが全要素生産性、Kが資本投入、Lが労働投入。アルファはパラメーター。

*2:民主党の枝野氏は人口減少を需要要因と見ているようだけど、長期の人口動態は生産側から分析されるべきだ。

*3:そもそもGDPのシェアが伸びるというのはGDP成長率が他国より高いということだ。

*4:出典はOECD Compendium of Productivity Indicators 2016

*5:グラフは上の式とやや異なるが、資本投入をICT capitalと Non-ICT capitalにさらに分解しているだけである。

*6:ふつう美味しい投資機会から順に利用されるし、先進国が経験した技術進歩を後追いすればいいからだ。

*7:このグラフからは分からないが、労働力の稼働率が寄与している可能性はある。

*8:もっともGDPシェアの低下がそれほど悲観すべきことかはまた別の話。