負債のパラドックスの正体――公認会計士試験で学ぶ企業会計

自社の倒産可能性が前期末より高まった場合に,自社が発行した社債の時価評価を当期末の財務諸表に反映したとすると,期間利益にどのような影響を及ぼすと考えられるか,簡潔に説明しなさい。ただし,評価差額を純資産の部に直入する処理については言及しなくてもよい。(平成26年論文式試験会計学(午後)改題)

負債を時価評価する場合、倒産可能性が高まると利益が発生する

答えを先に述べよう。倒産しそうな企業の社債は債権者が手放したがって安売りされる。つまり社債の時価が下がる。社債を発行した企業の側からこれを見ると負債の金額が減ることになる。

 貸借対照表(BS)に計上されている資産は債権者か株主かどちらかの取り分になる。債権者の取り分である負債が減れば株主の取り分である純資産が増加する。株主の取り分の増加とはすなわち利益にほかならない。以上おわり。

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 企業の存続が危うくなることで利益が生じるというのは一見すると直感に反している。そのためこの現象は「負債のパラドックス」と呼ばれていて、会計基準上も社債の時価評価は認められていない。

 でも実のところ、不思議なことは何も起きていない。これから説明しよう。

設例:期首の簿価BSと危険な投資計画

ある企業の期首の財務諸表に資産が60、負債が50、純資産が10計上されている。負債の償還期限は1年後、期末日の翌日とする。このまま何事もなく安全堅実に1年が過ぎれば、債権者の取り分は50のままだ。*1

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 しかし純資産が少ないと考えた企業は、一発逆転のために次のような投資計画を立てた:成功すれば1年後に資産が50増えるが、失敗すれば50減って、負債が償還できなくなり倒産する。成功する確率と失敗する確率は50%ずつとする。*2

1年後の簿価BS:投資が成功するケース

投資が成功する場合には1年後の資産は110に増える。負債の金額は変わらないから債権者の取り分は50で、残りの60が株主の取り分となる。

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1年後の簿価BS:投資が失敗するケース

一方、投資が失敗する場合には1年後の資産は10まで減る。この10が債権者の取り分だ。負債は50あるけど、株主は有限責任しか負わないから、債務超過分の40は踏み倒されてしまう。株主の取り分は0。

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期首における1年後の期待値=期首の時価BS

したがって、1年後の債権者の取り分の期待値は30、株主の取り分の期待値は30となる。時価が期待値通りに形成されているなら、期首の時価BSは下図のように描くことができる。何事もなく1年が過ぎる場合と比べて、債権者から株主に取り分が20だけ移転しているのが分かるだろう。

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株主は実際に得している

移転した金額20は債務超過の期待値だ。*3株主は有限責任しか負わないので債務超過のリスクを債権者に押し付けることができる。そのため株主は企業が倒産のリスクを取ることで実際に得をする。負債の時価評価により生じる利益はこの事実を反映している。ここにパラドックスはない。 *4

解答

自社の倒産可能性の上昇は社債の時価評価を下落させる。これを財務諸表に反映すれば負債の減少と同額の純資産の増加が生じるため、期間利益は増加する。*5

*1:簡単化のため社債は額面発行で利息はないものとする。またリスクフリーレートは0とする。

*2:投資計画の前後で1年後の資産金額の期待値は60のまま変化がない。このように問題を設定することで、債権者と株主のあいだの取り分の移転だけを考えることができる。

*3:投資が成功した場合は債務超過0、失敗した場合は債務超過40、その期待値は20。

*4:負債を時価評価しないことが理論上正当化できるとすれば、それは負債のパラドックスではなく継続企業の前提によるように思われる。

*5:なお問題の最後の一文は時価評価が期間損益を経由せずに純資産に直入される処理を排除するためのものだ。ややテクニカルな仮定であり、ここではあまり気にしなくて良い。