「内部留保」を廃止せよ

もちろん僕は、企業は内部留保を全て配当せよとか、従業員に配れとか、そんなばかげたことを言いたいんじゃない。僕が提案するのは内部留保という言葉の廃止だ。内部留保という言葉は酷く混乱しており、全く異なる次のいずれを指す場合にも使われている。

  1. 利益剰余金
  2. 現金預金
  3. 資金過不足

 ならば内部留保と言わず、はじめからこれらの言葉を使うのがいい。以下それぞれ解説する。

1.利益剰余金

 これが元々の意味の内部留保だ。会計をやっている人間は内部留保と聞けばまずこれをイメージする。

 企業の利益のうち一部は株主に配当され、配当されなかった残りが単年度の留保利益だ。これが毎年積み上がってBSの利益剰余金になる。つまり内部留保は、利益のうち配当として外部に流出しなかった部分だからそう呼ばれるわけだ。

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 これが単年度の留保利益だ。留保額一定という配当戦略を取る企業はまずないので、当然だけど単年度の留保利益は純利益とほぼ同じ動き方をする。内部留保が少ないのがどういうときかといえばバブル崩壊後やリーマンショックなどの不況時だ。内部留保が多いのを悪いことかのように語るのがいかにナンセンスかわかるだろう。

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 単年度の留保利益が積み上がることでストックとしての利益剰余金になる。ストックの数値なので、当然ながら経済規模の拡大とともに増加していく。利益剰余金が過去最高で経済が停滞などという記事を先日ロイターが出していたけど、ナンセンスというしかない。 基本的に赤字でなければ利益剰余金は増えていくに決まっている。

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 ストックの数字なら、企業規模との比で見た方がいいという向きもあるかもしれない。そこで利益剰余金と資産合計の比をとるとこうなる。確かにここ十数年で増えており、ファイナンスの手段として相対的に内部留保を重視するようになったとはいえるかもしれない。ただ2000年頃からの動きはそれ以前に比べてかなり異質で、企業の実態が変わったというより時価会計導入による見かけの影響が紛れているんじゃないかと思っている。

2.現金預金

 内部留保という言葉が現金預金を指して使われるのは、たぶん留保利益がキャッシュとして存在するという誤解から始まっている。配当を留保しているということを考えれば明らかだけど、元々の意味の内部留保エクイティファイナンスの一種なので、企業が具体的な資産として何を持っているかということは関係がない。多額の内部留保を持つキャッシュレス企業というのは普通に考え得る。

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 さて、現金預金だけど、80年代の終わりから減少か横ばいに近い動きをしている。最近になってまた増えてきたところだ。そうすると、企業が現金預金を貯めているから不況なんだ、という俗説はかなり怪しい。

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 現金預金もストックの残高だから、企業経済の規模が拡大すれば普通は増える。なので現金預金とBSの資産合計の比率を見るべきかもしれない。するとこの通りで、いわゆる「失われた20年」の現金預金はむしろ少ない方だ。だいたい企業だって余剰資金があれば遊ばせておきたいわけがなく、せっせと運用するか自己株買いで株主に返すに決まっている。

3.資金過不足

 資金過不足というのは資金循環統計の項目で、金融資産フローと金融負債フローの差額をいう。簡単に言うと、これがプラスならその年は借りた金額より貸した金額が多いことになる。マイナスならその逆。

 これは重要な統計だけど、これをもとに内部留保が増えた減ったと言われてしまうと、ちょっと待ってくれと言いたくなる。というのは資金循環統計の作りからして、元々の意味での内部留保(利益剰余金)が増えた場合に資金過不足がどう動くかは、BSの資産サイドの動きに掛かっているからだ。

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 さて、企業の資金過不足に関しては、確かに日本経済の病理が顔を覗かせているように思える。というのは、企業は普通、経済全体でみると家計から資金を調達して設備投資を行うので、その資金過不足はマイナスになるはずだ。ところが日本企業の場合、90年代半ばからは貸した金額の方が多いことになっている。どこに貸したことになるかというと、政府だ。この意味はもっと深く考える必要がある。