信用創造の話2

無リスク世界を想定するなら、企業と家計が直接やり取りする場合(ケース1)と銀行による信用創造(ケース 2)は同じことになるだろう、というのが前回の話だった。今回はシンプルな2期間モデルを示す。説明を簡単にするために限界変形率(生産可能フロンティアP.P.F.の傾き)一定を仮定する。

 まずはケース1から。第1期において、家計は財の初期保有Iの一部を企業に売却し、交換に企業から手形Sを購入、残りのC1=I-Sを第1期のうちに消費する。企業は第2期までに生産活動を行い、財を増殖する。第2期において、家計は手形を企業に売却して財を購入し、消費する。第2期における消費量をC2であらわす。

 家計は限界代替率(無差別曲線I.C.の傾き)が手形の利子率1+rよりも大きい(小さい)限り手形の購入額を減らす(増やす)ので、限界変形率=限界代替率=1+rで均衡する。この均衡はパレート最適である。

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 これはごく普通の経済学で扱われる2期間モデルそのものだ。経済学は商品貨幣を想定している(だから非現実的である)などと言われることがあるが、僕には全くの冤罪としか思われない。上のモデルでは決済は貸借(手形)によって行われ、商品貨幣は登場しない。各経済主体のBSの推移は次の通り。

 

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 つづいてケース2。第1期において、企業は銀行から借入を実行して預金証書を入手する(信用創造)。家計は財の初期保有Iの一部を企業が手にした預金証書Sと交換し、残りのC1=I-Sを第1期のうちに消費する。企業は第2期までに生産活動を行い、財を増殖する。第2期において、家計は預金証書で企業から財を購入し、消費する。第2期における消費量をC2であらわす。企業は戻ってきた預金証書で銀行からの借入を返済する。

 なお利子率は単一で、銀行の貸出利子率と預金に付される利子率は等しいとする。無リスク世界では銀行がリスクプレミアムを取れないので妥当な想定だと思うが、単に簡単化のために仮定したと考えてもらっても構わない。また手形の場合(ケース1)との比較が簡単にイメージできるように預金”証書”としたが、普通口座間の振り込みを考えてもらっても事態に変化はない。

 家計は限界代替率(無差別曲線I.C.の傾き)が預金の利子率1+rよりも大きい(小さい)限り預金額(預金証書の購入額)を減らす(増やす)ので、限界変形率=限界代替率=1+rで均衡する。この均衡はパレート最適である。

 先ほどのケース1と同じことが起きているのが分かるだろうか? 図は全く同じなので再掲しない。各経済主体のBSの推移は次の通り。

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 信用創造そのものは企業と銀行が互いに同額の債権債務を持ち合うことになるだけで、ネットの債権債務関係を全く変化させていない。それが変化するのは企業と家計が取引した時点だが、それはケース1における手形の発行と丁度同じ変化を引き起こすだけだ。経済学が信用創造を無視してきたというのは誤りで、銀行の存在を短絡させてケース1のように考えても同じなので、単に明示的に取り扱う必要がなかった。

 最後に。ケース1では、家計が手形Sを第2期に持ち越さなければ企業の生産は不可能だったという意味で、家計の貯蓄が企業の投資をファイナンスしていた。同様にケース2でも、家計が預金Sを第2期に持ち越さなければ企業の生産は不可能である。現在の消費にしか価値を見出さないキリギリス星人は、第1期において預金証書と財との交換に応じないか、あるいは第1期のうちに企業に預金証書を突き返して財を買い戻してしまう。結局、家計の貯蓄が他部門の投資をファイナンスしているという話は信用創造の場合でも普通に正しい。