余剰資金よりもむしろ利益剰余金に課税する方がマシである

news.yahoo.co.jp

内部留保に課税するなら貸借対照表の右側(利益剰余金)ではなく、左側(資産)の余剰資金に課税すべき、という意見を見かける。僕の見解は逆だ。僕はあらゆる内部留保課税に反対だが、あえて課税するなら余剰資金ではなく、利益剰余金を課税ベースとしてなされるべきだと考える。

 余剰資金に課税してはならないのは、それが企業行動を歪めるからだ。余剰資金に課税した場合、企業は余剰資金を減らすだろう。それは企業が、例えば資金繰りに窮するリスクを高める。言い換えれば、余剰資金に課税することは、企業が過大なリスクを取ることを奨励することを意味する。

 税制が企業行動にもたらす歪みは冒頭の記事でも検討されている。もっとも余剰資金課税の擁護者は、まさにそれこそが課税の目的なのだ、と述べるかもしれない。日本企業はリスクに対応するための適切な水準を超えて、過度に余剰資金を抱えているのではないか。それを吐き出させることに意義があるのだ、と。

 そこで冒頭の記事は「きちんとした実証研究が必要なのではないか」と結ばれている。しかし僕が強調したいのはむしろ、統計的分析から日本企業の余剰資金が総体として過大であることを示しえても、全ての個別企業に一律の仕方で余剰資金税を課すことは擁護できないということだ。現実にはある企業の余剰資金は適切であり、別の企業では過大である。統計量がある傾向を示したとしても、それは課税の政策的含意を導かない。

 それならば、過大な余剰資金を持つ企業にだけ課税されるようなルールを考えれば良いのではないか、などとは言わないで欲しい。それこそ不可能というものだ。無数の要因が適切な余剰資金の水準に影響する。それに対する判断は、一部は技術的なものであり、他の一部は経営者のヒューリスティクスである。余剰資金の水準が適切かは、結局のところ、その企業がマーケットの中で高いパフォーマンスを発揮し続けるかどうかによって答え合わせをするほかない。*1

 僕が余剰資金課税よりも利益剰余金課税がマシだと評価するのは、後者のほうがマーケットの判断を生かすからだ。利益剰余金に課税した場合、企業は課税を逃れるために配当を増加すると予想される。投資家はその配当を、資金をより有効に活用すると彼が考える企業に投下するだろう。利益剰余金に対する課税が直接的に企業の設備投資を引き起こすと考えることはばかげているが、マーケットの判断を通した資本利用の効率化によって余剰資金が減少し、有効な設備投資が増加するのは考えられることだ。

 ただし、そのような資本利用の効率化が生じるには、現時点で資本利用が効率的でないことが前提である。もしすでに資本利用が十分に効率的であるなら、投資家は配当された内部留保を、単にもとの企業に再投下するだろう。それは単にコストを増やすことになる。また希望の党は消費税の代替財源として内部留保課税を考えているようだが、上記の効率化のメカニズムが成功した暁には、内部留保からの税収を期待することはできなくなる。たばこ税が喫煙者を減らしてしまうのと同じことだ。内部留保課税は消費税の代替財源になりえない。

*1:同様に設備投資減税や研究開発減税なども存在してはならないと僕は考える。企業が特定の何かに支出すべきことや別の何かに支出すべきでないことは政策に決定できる領域ではない。税制が特定の企業行動を引き起こしてはならない。