投資利益率を最大化するのはいけないこと? ――公認会計士試験で学ぶ企業会計

次の文はマルかバツか。

投資利益率(ROI)を事業部長の業績評価尺度として用いる場合,事業部長が投資案の採択に当たって全社にとって望ましい投資案を棄却することはない。(平成29年第2回短答式管理会計論改題)*1

投資利益率と残余利益

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具体的な設例で考えよう。投資利益率(ROI, Return on Investment)は投資金額に対して何%の利益が生じるかを表す。これを図の縦軸で示している。例えば案件Aの投資利益率は10%だ。

 横軸を投資金額とすれば、グラフの面積が(株主資本コスト控除前の)利益金額を表す。案件Aの横幅を1000万円とすれば、その利益金額は100万円と計算される。

 利益金額から株主資本コストを控除すると残余利益(RI, Residual Income)になる。投資家の要求利回りを赤線(3%)とすると、案件Aの資本コストは30万円、残余利益は100-30=70(万円)となる。

残余利益を最大化することは株主価値を最大化すること

これは投資案件Aを実行すると、実行しなかった場合に比べて株主価値が70万円だけ高まることを意味する。要するにグラフのうち赤線よりも上の部分の面積が投資案件を実行した場合の株主価値の増加分を表現している。

 残余利益がプラスである案件A, B, Cを実行すれば株主価値が増加する一方、残余利益がマイナスである案件D, Eを実行すれば株主価値は低下する。したがって案件A, B, C(だけ)を実行したときに株主価値は最大化される。

株主価値の最大化と投資利益率の最大化は一致しない

複数の投資案件が実行される場合の投資利益率は、グラフを水槽の水と思えば直感的に理解できる。案件A, B, Cが実行されるとき、それらの投資全体の投資利益率は、それら3つの案件の間の仕切りを取っ払った場合の水面の高さとなる。

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 このとき株主価値は最大化されているけど、案件Cの実行を取り止めれば投資利益率はなお上昇する。最も投資利益率の低い案件から順に切り捨てていけば、実行される投資案件全体の投資利益率は上昇するのだ。

解答

 したがって冒頭の問題の答えはバツとなる。事業部長の業績が投資利益率で評価されるなら、彼は自分の評価を最大化するために、株主価値の増加をもたらす投資案件を切り捨てる動機を持つ。

 全社にとって望ましい投資案を棄却させないためには投資利益率ではなく、残余利益によって業績が評価されるべきとなる。なお同じ理屈はROEやROAについても言える。

*1:なお公認会計士試験で学ぶ企業会計は今後シリーズ化予定。