上の匿名ダイアリーはAmazonの会計上の特徴として次の点を指摘する。
そしてこの匿名ダイアリーは、その理由をAmazonの実体的な経営方針に求めている。Amazonは従来の企業と異なり、自らの利益を無視してひたすら投資を拡大する。それは民間企業よりも公共事業に類似するのだ、と。
Amazonの会計上の特徴については、僕はこの匿名ダイアリーに概ね同意する。でも、その解釈は誤っている。僕の見解は次の通り。
- Amazonの会計上の特徴は実体的な経営ではなく、会計基準の不備によって生じている。
- 会計基準の不備を修正して考えた場合、Amazonは利益を追求している。
- それゆえAmazonを公共事業的と評するのは誤っている。Amazonは現行の会計基準上の利益ではなく、企業価値最大化のための経営をしているだけ。
以下説明する。
Amazonの利益が出ていないのは会計基準の不備
会計を知っている人なら、「投資をしているから利益が出ない」という説明を不自然だとを感じるはずだ。というのは通常の設備投資なら、費用ではなく資産となるので、利益に直ちにインパクトを生じることがないからだ。
資産計上された設備投資は、そののち数年から数十年かけて、その投資が生み出す収益に対応して徐々に費用となる。減価償却というやつだ。収益に対応して費用が計上されるから、投資が成功している限り利益になる。設備投資が利益を減らすのは投資が失敗した場合だけだ。*1
ところが将来の収益に対応するにもかかわらず、会計基準の取り決めによって資産計上されることなく、即時費用化することが義務付けられている項目がある。研究開発費だ。Amazonは世界でもトップクラスに莫大な研究開発費を支出している。*2
2016 Rank |
Company |
R&D Spend ($Bn)* |
1 |
13.2 |
|
2 |
12.7 |
|
3 |
12.5 |
|
4 |
Alphabet |
12.3 |
5 |
Intel Co |
12.1 |
6 |
12 |
|
7 |
Roche |
10 |
8 |
Novartis |
9.5 |
9 |
Johnson & Johnson |
9 |
10 |
8.8 |
研究開発費は、支出時点で直ちに収益を生むものじゃない。それは技術、知識などの向上を通して将来の収益獲得に貢献する。だから研究開発費の支出は投資と考え、資産計上するのが理論的だ。でも、IFRSでは一部そうなっているけど、米国基準と日本基準ではそうなっていない。
このために、Amazonのように莫大な研究開発費を支出する企業では、会計利益が激しく歪んだ情報になってしまう。研究開発費は将来の収益に対応する以上、設備投資同様に資産化し、減価償却すべきなのに、現行の会計基準では即時費用化しか認められない。ここでは費用収益対応の原則が壊れている。
これが会計基準の不備を修正したAmazon本来の利益だ
青線はAmazonの財務諸表に計上されている会計基準通りの営業利益だ。直近2期を除けば、横ばいか、低迷していると見える。
一方、緑の線は研究開発費が資産計上されたと考え、修正計算した営業利益だ。*3修正を加味した場合、利益は一貫して成長している。
Amazonに狂気はない
Amazonは本来、すでに十分な利益を計上しているべき企業だ。大して利益が生まれないのはAmazonの経営者が狂気じみた経営思想を持っているからではなく、単に研究開発費を即時費用化するという会計基準の都合に過ぎない。
伝統的な製造業が設備投資に莫大な資金を投下するのと同様に、Amazonは知識や技能という無形の資産のために莫大な資金を投下している。それは将来キャッシュインフローの増加をもたらすだろう。企業価値を増加させるため、経営者として取るべき行動を取っているということだ。
だから、Amazonの行動を公共投資に見立てるのは誤っている。Amazonは普通に民間企業としてやるべきことをしているのであり、その狂気は研究開発の資産性を軽視する会計基準の不備が見せた錯覚にすぎない。