政府による債務保証はどのように僕らの税金を特定企業に献上するのか

www.nikkei.com

政府は日立製作所が英国に建設する原子力発電所について、日本のメガバンクが融資する建設資金を日本貿易保険(NEXI)を通じて全額補償する。

メガバンクが日立の原発建設プロジェクトへの融資を出し渋る。そこで政府が日立のメガバンクに対する債務を保証する。これによってメガバンクは日立への融資が可能になる。政府の力でインフラ輸出を活性化するのだ!

 でも待ってほしい。メガバンクが融資を出し渋ったのは融資が回収できない可能性があったからだ。その可能性とはつまり原発建設が長引く可能性や原発事故が起きる可能性で、保証書なんて紙切れで消え去るものじゃない。

 もしも追加の原発工事費や原発事故の損害賠償金が発生し、融資が回収できなくなったときには、政府が日立に代わってメガバンクに融資を返済する。つまり政府による債務保証とは確率的な補助金を意味している。

 補助金の原資はいかなる形であれ納税者の負担でしかありえない。政府が債務保証を行えば原発建設が実行できるというのは、納税者の税金で損失補填すれば採算が合うと言っているに等しく、無意味で有害だ。

関連記事

なお上の記事ではこんなことも言っている。

英政府と日立、日本政策投資銀行、国際協力銀行(JBIC)が投融資を実施する見込みだが、巨額な資金を調達するには民間融資が不可欠になっている。

 日本政策投資銀行や国際協力銀行といった政府系金融による低利融資もまた補助金と同義で、納税者の負担を意味している。

u-account.hatenablog.com

内部留保は何を留保しているのか

内部留保はとても重要な概念だ。*1内部留保を理解することは貸借対照表と損益計算書の関係を理解することに等しい。したがってそれは複式簿記を理解することほとんどそのものだ。

会社を設立する

僕が100百万円を元手に会社を設立し株主になる。これが設立時の貸借対照表だ。

f:id:u-account:20170902221037p:plain

 左側は会社にどんな財産が存在するかを示す。その形態は問わない。*2右側は誰が会社に財産を拠出したかを示す。資本とは株主が拠出した金額を意味する。*3 *4

会社を操業する

その後1年間の操業した成果が損益計算書だ。例えばこう。

f:id:u-account:20170902223712p:plain

利益を配当する

利益はすべて株主たる僕のものだ。*5いやっほう! 僕はこの利益を配当として会社から受け取る。それで好きなものを食べてもいいし、他の会社の株を買ってもいい。

配当を再拠出する

でも僕はちょっと考える。この会社の利益率はすごくいい。それなら好きなものを食べるのは我慢して、配当の30百万円も追加で拠出しようじゃないか。*6

f:id:u-account:20170902231442p:plain

 仮に同じ利益率が維持できれば翌年度の損益計算書はこうなる。

f:id:u-account:20170902231754p:plain

 こうして会社は成長していく。やったね。

内部留保は配当の留保

上では利益をすべて配当し、改めて会社に拠出するという話だった。内部留保とはこの配当を初めから会社に残した場合をいう。*7要するに内部留保とは配当を留保しているのであり、それは株式市場からの資金調達と基本的に変わらない。*8 *9

*1:けれど僕はこの言葉を好まない。会計上厳密に使用されている「利益剰余金」を用いる方が誤解が少ないと思う。

*2:設立時点ならふつうは現金預金だろうけど、他の可能性として、100百万円分の土地や有価証券を現物出資したかもしれない。また今後、事業が運営される中で資産は刻々と形を変えていく。

*3:資本、資本準備金、株主資本などの用語が使い分けられることもある。また負債資本という表現も存在するから厄介だ。ここでは株主資本の意味で使う。

*4:仮にこの時点で会社を解散するなら、当然だけど、左側に計上されている100百万円の資産のすべては株主たる僕に返ってくる。

*5:従業員に支払う給料は原価などの費用に含まれる。利益計算は株主のために行うので、株主のものにならない部分は定義上利益から除外される。

*6:だからこの時点で会社を解散しても、当然だけど、左側に計上されている130百万円の資産のすべては株主たる僕に返ってくる。

*7:したがって内部留保が株主に帰属するのは当然で、内部留保との関係で賃上げを要求することはできない。賃上げを要求するなら「内部留保が多すぎる」ではなく、「利益が多すぎる」と主張する方が理屈に合うだろう。

*8:言い換えれば、株式発行費用が無視できるなら、企業が配当直後に新株を発行して既存株主に割り当てることと内部留保を積み増すことは経済的実体として区別できない。

*9:だから内部留保の過大が問題になるとすれば次のような場合だ:企業の限界利益率が低いため株主に資本を返すべきなのに、企業のガバナンスが機能せず、十分な配当や自己株式取得が行われない場合。

規制における品質と量

企業ファイナンスではよく知られていることだけど、ROAなどの利益率指標のみに頼ると判断を誤る。最も利益率の低い事業を切り捨てれば企業全体の利益率は上がるに決まっている。けれど、その事業でもネットキャッシュインフローの割引現在価値がプラスなら、企業価値に貢献するので切り捨ててはいけない。

 獣医師などの規制産業の品質にも同じ問題が潜んでいる。医療ミスの発生確率が0.2%の高品質の医療と2%の低品質の医療があったとして、規制によって低品質の医療を排除すれば医療ミスの発生確率は下がる。が、低品質の医療しか受診できない、例えば貧しい患者や患畜は医療を受けられないまま死ぬ。

 この種の規制産業に関しては、品質の低下が絶対にあってはならないことかのような言説をしばしば耳にする。その発想は経営判断に際してROAに固執することに似ている。最も品質の低いものを排除すれば品質の平均は上がるに決まっている。けれど品質の平均を下げても量を増やすべきことはふつうにあり得る。

松戸市が伊勢丹の賃料を肩代わりしてはいけないのはなぜか

www.yomiuri.co.jp

伊勢丹松戸が三菱地所に支払う年間2億円の賃料を、松戸市が代わりに負担するという。伊勢丹松戸の閉店を防ぐために、松戸市が三越伊勢丹ホールディングスと合意したらしい。

 でも三菱地所が年間2億円の賃料を要求しているということは、伊勢丹が撤退したとしても、三菱地所はこの土地からそれだけの収益を上げる代替案を何か持っているわけだ。*1

 その代替案が他の施設の誘致なのか、マンションを建てるのか、それは分からないけど、伊勢丹を維持することは、その代替案を犠牲にすることを意味する。そしてその代替案の価値は伊勢丹を維持する価値よりも必ず高い。

 だからこそ伊勢丹は、松戸市からの補助金なくしては賃料を支払うことができないのだから。*2公的な補助金で何かを維持したとしても、それによって僕らの経済が豊かになりはしない。

*1:そんな代替案がないとすれば、単にふっかけられているだけなので、なおさら補助すべきでない。

*2:要するに三菱地所が要求する年間2億円の賃料はこの土地を利用することの機会費用を意味している。

保守主義というバイアス

どうして研究開発費が即時費用化しか認められないのか、その理由は、研究開発費等に係る会計基準が設定されたときに公表されている。

研究開発費は、発生時には将来の収益を獲得できるか否か不明であり、また、研究開発計画が進行し、将来の収益の獲得期待が高まったとしても、依然としてその獲得が確実であるとはいえない。そのため、研究開発費を資産として貸借対照表に計上することは適当ではないと判断した。*1 *2

  収益に繋がるかわからない支出は、さっさと費用にしてしまおうというわけだ。このような考え方は保守主義と呼ばれている。怪しい資産が計上されない方が投資家にとって安全だ、という理由で保守主義は受け入れられてきた。

 でも、この理屈はヘンだ。というのは、価値の低い会社に誤って過大な投資をしてしまうことが損失になるのと同じように、価値の高い会社に投資せずにスルーしてしまうことも損失になるからだ。

 要するに保守主義というのは、実はただのバイアスじゃないだろうか? これは僕が勝手に言っていることじゃなく、会計学では昔からある話で、最近は世界の会計基準もどちらかというと保守主義を排除する流れにある。*3 *4

*1:研究開発費等に係る会計基準の設定に関する意見書 研究開発費等に係る会計基準の設定について 三2

*2:別の記事を公開したときに、研究開発費の即時費用化は税制上の観点からそうなっているという主張がみられた。このような主張は歴史的事実に反しているばかりか、望ましくもない。財務会計は投資家にとっての有用性を第一義的な目的としており、税制がそれを歪めてはならない。税制上の必要性があれば別段の定めによって申告時に調整すべきだ。

*3:IFRSは2010年に「慎重性」を概念フレームワークから削除した。ただ一方で、経営者は費用を計上を先送りしたがるから実際上は保守的なくらいで丁度いいんだ、という主張もある。それでも特定種類の投資にだけ即時費用化を義務付けるのは他の投資の処理との間で歪みを生じるため、保守主義はあくまで一般原則のレベルで議論されるべきだろう。

*4:では研究開発費は資産化すべきなのか? どうせ注記で研究開発費の総額が開示されるので、実際上はどっちでもいいという考え方もありうる。前の記事で僕がそうしたように、どういう形であれ開示されていれば、読み手は勝手に修正して読むからだ。

特定の投資を税制上優遇することが生産性を下げるのはなぜか

headlines.yahoo.co.jp

政府は22日、安倍政権の新たな看板政策「人づくり革命」を進めるため、人材投資を行った企業に対し法人税を減税する制度を設ける方向で検討に入った。企業の生産性向上を税制面から後押しするのが狙い。

投資Aと投資Bがある。今回の文脈では投資Aは普通の設備投資、投資Bは人材投資と考えてもらえばいい。いずれの投資金額も5億円で、見込まれる収益は投資Aなら8億円、投資Bなら7.8億円としよう。

 銀行に出せる担保の制約から、この企業はどちらかの投資しか実行できない。とすれば当然投資Aが実行されるべきだけど、投資Bの場合だけ0.3億円の減税が行われるとしたら、企業は投資Bを実行する。

 この減税によって企業の利益は3億円から3.1億円に増える。でもそれは政府から企業に0.3億円の所得移転が行われたからで、世の中全体で見れば生み出される価値は3億円から2.8億円に減っている。

 つまり、ある種類の投資だけを税制上優遇すれば、生産性は低下する。これは必然的なことだ。その税制が喚起する投資は、優遇がなければ実施されないような生産性の低い投資だったのだから。

それでも中古車市場はうまく回っているし、労働市場もうまく回る

アカロフの中古車市場というゲーム理論のモデルがある。中古車の品質は乗ってみるまで分からないから、売買取引がうまくが成立しない。極端なケースでは、ある種の中古車が市場にまったく供給されないという結論が得られる。

 ここで話が終わっちゃいけない。なんでかっていうと、現に中古車市場は存在しているから。情報が非対称という意味ではほとんどあらゆる商品がそうなのであって、むしろ非対称なのにうまく回っている理由こそが考察の対象になる。

 情報の非対称性を解決する方法はいくつかあるけど、例えば返品可能だったら買い手は品質が分からない中古車にも手を出せる。労働市場も同じ話で、とりあえず雇い・雇われてから雇用の継続や条件を柔軟に再交渉できるなら、事前に情報を知らなかったことで不利な契約を結ぶことは回避できる。

 逆に再交渉ができないなら、経営者にとって労働者を雇うことは、返品不能の状況で中古車を買うようなものになる。一度雇ってしまうことのリスクが大きいから、経営者は正社員の採用に慎重にならざるをえない。

 つまり労働市場に情報の非対称性は存在するけど、自由な市場はそれこみでちゃんと回っていく。むしろ経営者の再交渉の機会を制限する労働規制が情報の非対称性を問題のあるものにしてしまう。